都史紀要37 江戸の葬送墓制

 

はしがき

 近世の巨大都市江戸に関する研究は明治期以来相当の蓄積を有しているが、とりわけ一九七〇年代以降、実証的な歴史研究が多面的な検討を深めてきた。とくに近年、都市民衆世界に生きた人々の生活と、かれらが取り結んだ社会関係が具体的に描き出されつつある。

 しかし、そこにはまだ残された多くの課題も山積している。本書で取り上げる葬式や墓といった問題も、従来ほとんど歴史学研究の対象に据えられてこなかった領域のひとつである。もとより、葬送墓制研究は民俗学・仏教民俗学の主要なテーマの一つであり、人類学・民族学・宗教学といった学問も加わって学際的な議論がなされている。

 

 しかし、歴史学がこれを対象に据え、とりわけ都市の墓制に検討を加えたのはごく最近のことであり、都市部における埋蔵文化財発掘調査の結果、中世都市・近世都市の墓制が「発見」されたことを契機としていた。

 従来の民俗学などの成果は一般に、農村部の比較的永続した家の記憶にもとづいて構成されてきたといえる。そうして作られた墓制イメージは、しかし新たに発見された都市の墓制との間に大きな齟齬をきたすこととなった。こうして、都市の墓の特質を把握し、その成立と展開の歴史的要因を探る研究が開始された。

 本書はこのような新しい問題関心にもとづいて、都市江戸の墓制に光を当てようとする試みに他ならない。同じような視角から葬儀のあり方についても検討を加え、巨大都市江戸に特有な人と人との関係が生み出す、葬送儀礼の特質にも言及していく。

 右のような検討の成果が、都市江戸の歴史的研究に新たな具体像を加え、また今日、墓や葬儀について真剣な模索を続けている方々に、なにがしかの手がかりを提供することができれば幸いである。

 なお、本書の調査・執筆は西木浩一が担当した。

 平成十一年三月
東京都公文書館

江戸の葬送墓制 目次

口絵
はしがき

Ⅰ 掘り出された江戸の墓
 1 近世考古学と江戸の墓の「発見」(1)
   地下に埋まった年表、近世考古学の提唱
   江戸の墓の「発見」、庶民墓の埋葬パターン
   武士の墓制、徳川将軍墓
   徳川将軍墓、大名・旗本の墓制
   武家女性と墓制
 2 墓標なき墓地の光景(21)
   四谷鮫河橋、黄檗派・大覚山円応寺
   寺号獲得と寺院の整備、円応寺の檀家
   円応寺の幕末維新、円応寺の発掘調査
   二つの墓域の発見、曹洞宗・発昌寺の事例
   盛り土の謎
 

Ⅱ 都市下層民衆の死と埋葬
 1 投げ込み・取り捨て(49)
   過去帳が語る被葬者像、旦那寺なき人々
   都市江戸の労働力販売層、日用層の埋葬実態
   投げ込み・取り捨て、明治期の都市下層社会と埋葬
 2 無縁化と「発き捨て」(84)
   火葬禁止令の波紋、土葬の惨状
   無縁化と発き捨て、滝沢馬琴の証言
   石塔のリサイクル、川柳は語る
 3 下層民衆の埋葬事情(105)
   墓地拡張願、三都の墓地事情
   京都七墓・五三昧、大阪七墓巡り
   都市下層民の認定基準、「其日稼之者」たちの生活
   膨大な都市下層民、都市下層民衆の二重構造
   都市下層民衆の埋葬事情

Ⅲ 江戸の葬送儀礼
 1 町触から見た江戸町方の葬送(131)
   江戸の町触、葬送儀礼の統制
   取り締まられた葬礼風俗、葬礼統制のターゲット
 2 葬礼の華美・肥大化とその社会的背景(145)
 (1)商家・地主・名主 (145)
   表店商家層の葬儀と入用、衣装と葬具
   通夜・葬儀、振舞、焼場
   火葬の実際、墓所と石塔、法要と配物
   葬礼の華美・肥大化の社会的要因-地主・商家・名主の場合
   非人仕切銭、江戸の非人について
   葬礼時の布施と仕切
 (2)講中・人宿・火消人足(174)
   講の取締、幕末の木魚講
   人宿・火消人足頭取、鳶の文化
   人宿の啖呵、役者の葬送と「追善絵」

おわりに(194)
主要参考文献一覧
引用・掲載史料一覧
記事ID:003-001-20240718-007933