浜離宮恩賜庭園。都心のオアシスとして親しまれているこの歴史ある庭園は、周囲の水面も含めて国の特別名勝及び特別史跡に指定されています。しかし、この一画に近代日本最初の迎賓施設であった「延遼館」がかつて所在していたことをご存知の方は少ないかもしれません。
これまで延遼館についてはまとまった研究がなく、専門的な歴史事典にも項目が立てられていませんでした。東京都公文書館では、当館所蔵資料をはじめ類縁機関の資料調査を開始し、これまで解明の進んでいなかった延遼館の歴史に光を当てる作業を進めてまいりました。
その中間報告として、平成二七年五月一日から八日まで、東京都庁南展望室においてパネル展「延遼館の時代―明治ニッポンおもてなし事始め」を開催、短期間にもかかわらず千六百人を超える方々にご観覧いただくことができました。しかし会場にお越しいただいた方からのご質問にお答えできない事柄も多く、解明すべき課題が少なくないことを実感する結果ともなった次第です。
本書は、その後の資料調査の成果をふまえつつ現段階で明らかになった延遼館の歴史を、できる限り多くの図版と共にご紹介しようとするものです。
第一章「将軍の海の庭 浜御殿」では、浜御殿成立の経緯とその後のお庭の整備の過程をたどり、完成期において公家や大名・幕臣らを接遇する「公儀の庭」として機能していく様相を明らかにします。その上で、幕末の激動と危機の中で軍事・外交上の新たな機能を付与される浜御殿の変化を追っていきます。
第二章「延遼館の成立―初の国賓を迎える」では、明治二年(一八六九)七月のイギリス王子エディンバラ公来日に焦点を当て、幕末に建造された幕府海軍の「石室」が初の国賓を迎える迎賓館に生まれ変わる過程と、近代国家の存立をかけたおもてなし作戦の実像を描いていきます。
第三章「延遼館の多彩な機能」では、延遼館の国賓宿泊・接遇以外の機能にも着目し、明治初年のコンベンションセンターとして幅広く活用されていた実態を紹介します。
第四章「『延遼館夜会記録』―明治一四年の宴会マニュアル」は、明治一四年(一八八一)一月に開催された松田道之東京府知事夫妻主催の晩餐会・夜会について、その歴史的背景を探り、あわせて料理・酒・音楽・演劇など、「宴会」をめぐる社会史・文化史を論じています。
また延遼館の建築、内装や調度品に関する調査結果は、特論「延遼館のすがたとかたち」としてまとめました。
本書を通して、延遼館の果たした歴史的役割に思いを馳せるとともに、国指定の特別名勝・特別史跡となっていることの意義をいっそう深く理解していただくことができれば幸いです。
これらの叙述を短期間でまとめるについては、多くの資料所蔵者・所蔵機関のご協力をいただきました。この場を借りて御礼申し上げます。