都史紀要31 東京の水売り

はしがき

飲料水は日常生活に欠くことのできないものであり、飲料水確保をめぐる環境は、とりわけ都市住民の生活に深い関わりをもっている。

明治三十一年以降、近代水道、いわゆる改良水道の創設により東京市内において給水施設が逐次整えられていくが、この創設工事が完成するまで、飲料水として主として利用されたものは、江戸期以来の水道および掘抜井戸であった。しかし、明治期東京においても、本所・深川地域をはじめ神田・玉川両上水の恩恵に浴すことのない地域や良質の井水がえられない地域があり、そこに住む人びとの多くは、神田・玉川両上水の余水や飲用に適する井水あるいは上流河川の水を飲料水として販売する水売りに頼らざるをえなかった。

本稿は、江戸期以来の深川の水船業者を中心に水屋という呼称で知られている水売り業の明治期における展開と近代水道の普及に伴う衰退過程を考察しようとしたものである。江戸・東京の水道に関しては、『東京市史稿』上水篇をはじめとして幾多の史料集や論考が出されているが、飲料水販売の全般に関する実証的な検討は、これまで十分にはなされてこなかった。

本稿では、もとより残された関連史料が不十分なため、飲料水販売の細部については判然としない点も多多あり、触れえなかった事項も少なくないが、史料紹介も兼ねて、当館所蔵史料を中心に検討を加え、当時の新聞・雑誌等でこれを補足した。本篇の調査・執筆は松平康夫が担当した。

昭和六十年三月
東京都公文書館

東京の水売り 目次

はしがき

Ⅰ 水売りの概観(1)
1 江戸期の水売り(1)
水売りと水屋、川柳・洒落本と水売りの風姿
上水吐口と水船営業、水汲み稼業
2 回顧のなかの明治の水売り(18)
銀座・日本橋の水屋、深川の水事情と消えていく"水売り"

Ⅱ 明治初年の水売り(23)
1 明治維新と水汲み渡世(23)
建白書の提出と上納金の廃止、維新後の水道事情
2 飲料水をめぐる紛糾(28)
浄水柱設立の動きと深川、水不足と新聞への寄稿
浅草寺境内掘井戸一件

Ⅲ 飲料水問題と深川飲料水営業組(46)
1 コレラ流行と飲料水の供給(46)
営業人心得、給水法の施行、上水購入の実態と給水法の経過
2 深川飲料水営業組合の成立(56)
鑑札下付申請への動き、輓水社と上水吐水の利用
商業鑑札願と申合規則
3 営業会所の成立と申合規則(68)
会所の設立と申合規則の整備、願書の修正とその背景

Ⅳ 漉水会杜の台頭と深川(88)
1 深刻化する飲料水問題(88)
すすむ水質汚濁、掘井と上水井
2 漉水会社の出現と水船営業者(93)
コレラ流行と濾過煮沸の励行、漉水会社の誕生と規約
対立する漉水会社と深川水船営業者
濾水器設置をめぐる出願、銭瓶橋への濾水器設置、課税論議
3 関係法規の整備(120)
水船営業規則と吐水汲取り場所、飲料水営業規則等の制定
地方衛生会での審議、上水水料賦課規則と上水使用規則
4 江東濾水会杜の誕生(135)
趣意書と定款、新聞にみる評判

Ⅴ 改良水道の進展と飲料水販売(147)
1 飲料水販売と水道敷設計画(147)
東京水道会社、深川区内への水道敷設の企画
2 飲料水営業の様態とその背景(156)
飲料水営業組合の結成、水船と飲料水営業者
飲料水の値段と業者の呼称
3 江東濾水会杜の営業内容(170)
定款の改正、事業報告
4 上水給水の廃止と水船業者(185)
通水の開始と水売り、上水の市内給水の廃止とその影響
郡部への飲料水販売
5 災害時における給水活動と水船(195)
大正六年十月の暴風雨、大正十年十二月の市内断水、震災と水船

付1 飲料水販売・水船関連年表(明治・大正期)(203)
2 江戸期の水売り・水船に関する史料(212)

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