都史紀要6 東京府の前身 市政裁判所始末

はしがき

東京府の前身である市政裁判所は、明治元年戊辰五月十九日から同年七月十七日までの短期間の存在であった。しかしこの市政裁判所は、旧幕府の町奉行所から新政府の行政機関である東京府へ移る際の重要な橋梁であって、新旧行政機構の推移を知るには不可欠の史実であるのに拘らず、従来その始末を究明したものが無かった。しかるに旧東京府に所蔵せられ、現在東京都都政史料館に収蔵せらるる記録文書中、明治元年辰年「鎮台府一件」と題する常務方編纂の四巻の簿冊は、この市政裁判所に関する一切の記録を収めた重要な根本史料であることを発見した。けだしその表題が鎮台府一件とのみあって、直接市政裁判所記録たることを表示してなかったため、時の関係者以外には閑却せられ、八十余年の長きに亘って放置せられたまま、蠧魚にむしばまれていたものである。文書は大体日順を追って綴られてあるが、錯綴もあり文字の虫喰いもあり、且つ当時の文書一般に見らるる如く、諸事一新の際とて、旧幕書吏によって用いられた御家流の書風は一変して、書者思い思いの書風となり、唐様の達筆に認められた者もあれば、書記見習と覚ぼしき稚筆もあり、文書そのものが時代を経るに従って難読を加える懸念も十分あるので、可及的忠実に内容を伝え、かつこの暗黒史料を開明することに努めた。これが本書成稿の動機であり、理由である。

尚本書の主要史料としては、前記の「鎮台府一件」四冊を根本史料とし、東京府編纂の「東京府史料」、明治十三年府吏員加治秀政輯録に係る「因革史料」その他によってこれを補足したことを附記して置く。

また町奉行所を改めて市政裁判所とせられた時、時を同じうして寺社奉行所は社寺裁判所となり、勘定奉行所は民政裁判所となった。社寺及び民政両裁判所の始末については、いまだ根本史料を見出しえないが、本書編纂中知る事を得た材料について、簡単にその新機構への推移の経過を跡づける事とした。

本書は昭和二十五年三月「東京府の前身市政裁判所始末」と題して仮印刷したが、新版には多少の改訂を加え、且つ最尾に東京府編纂の「府史提要」を添えて参照の便をはかった。

昭和三十四年三月
木村荘五

凡例

一、市政裁判所の構成並びに運営について能う限り立体的記述を試みた。
一、史料としての文書を分類して、保存につとめるため集録した。
一、編纂の便宜上多少叙述に不同の点があるが、専ら読過の便に従った。
一、引用文は二字下げにして、本文と区別し、その末に一々出典を記した。本文中にも小文字二行の割註を施し、参考に便した。
一、大要を得たい読者は、本文のみを連読して用を便ずるように記述した。
一、鎮台府の台は本来臺の字が正しいが現行辞書通り台の字を使用した。

東京府の前身 市政裁判所始末 目次

一、市政裁判所沿革(1)
1,鎮台府及び市政裁判所の設置(1)
2,町奉行所の引継経過(3)
3,鎮台輔大原侍従の市政裁判所巡視(13)
4,市政裁判所事務の開始(18)
5,与力同心等連署して身分決定を辞退す(19)
6,職制分課の改正(28)
イ 旧幕時代(28)
口 市政裁判所の分課(34)
7,両裁判所の経費(53)
イ 外桜田門外見張御番所外八ヶ所の番人給分其他諸経費と
番組人宿肝煎政次郎の請負任命(56)
口 裁判所公金御用請負(60)
8,一六休日の制(62)
9,市政裁判所の管轄地域と人口(65)
10,南北両裁判所月交替制と首脳職員(70)
11,東京府開設に由る市政裁判所の終末(72)

二、市政裁判所の事業経過(75)
1,事務の刷新簡捷を図る(75)
2,所管事業の接収(89)
イ 上水道接収(93)
ロ 江戸地方書類の接収(93)
ハ 向柳原町会所 浅草猿屋町会所 大橋向町会所 
硝石会所 江戸鋼座 濁酒政所の接収(96)
ニ 川船改所の接収(96)
ホ 佃島人足寄場接収(96)
ヘ 伊豆七島会所の接収(96)
ト 長崎会所の接収(96)
チ 公議貸付金の処置(97)
リ 活鯛助成金貸付の処置(100)
ヌ 会計局と協議市民融通調整(100)
ル 諸名目金の処置(100)
ヲ 名目金の仕法替(101)
ワ 1,酒問屋税金 2,新吉原・深川遊女屋及び猿若町芝居狂言座冥加金
3,町々地税 4,浅草蔵前床店税等(101)
カ 元町奉行より請継金の処置(113)
ヨ 元町奉行所附地面代金の処置(113)
タ 築地外国人居留地掛の件(115)
レ 本所猿江材木蔵接収(123)
3,市政一般(128)
イ 市政日誌の刊行(128)
ロ 権限の主張(131)
ハ 拾得兵器の運搬(133)
ニ 名主の目見(134)
ホ 両裁判所附地代納方規定(135)
ヘ 孝子節婦の類褒賞(136)
ト 兵食賄方の改正(137)
チ 町政改革(138)
一、自身番締切 二、公役銀停止 三、町会所七分積金当分停止
四、訴訟手続の簡易化 五、町火消入用節減 六、町々木戸廃止
七、家主減員 八、書役或は抱番人減員
リ 受領地借地調(141)
ヌ 上野戦争の際の紛失品調(141)
ル 目安箱の設置(143)
ヲ 講武所附町屋敷を市政裁判所附属とす(146)
ワ 大伝馬町茶問屋伝兵衛を医学所附属御用達に認可(153)
カ 諸触配付通達方改正(155)
ヨ 改正掛名主九名へ手当支給(158)
タ 外国人取扱(159)
レ 町名の「御」の字を省く(160)
ソ 神奈川裁判所の府下居住者に対する召喚規定の通達(161)
4,産業経済施為(162)
イ 枡の専売許可(163)
ロ 商家開店の奨励(169)
ハ 江戸諸問屋及び諸国荷主へ取引方心得通達(170)
ニ 築地居留地商社取立中止意見(172)
ホ 高輪石炭取締局を設置、石炭売買を許可制とす(173)
ヘ 掘取蓮根掘取請負の許可と盗掘取締(174)
5,治安(176)
イ 公用者の関門通過許可印鑑交付(180)
ロ 不浄役人弾内記を裁判所附とし処刑に関する一切を委任(181)
ハ 竜虎隊浅草正覚寺引払呉服橋門外に引移(184)
ニ 三廻同心出張の際諸関門通過印鑑交付(185)
ホ 城内外の死体処置(185)
ヘ 在府諸藩人数の取締(188)
ト 出版物検閲取締(189)
チ 新吉原遊客取締(190)
リ 町兵取立出願を否決(194)
ヌ 大久保与七郎の市中取締府兵許可(196)
6,新聞誌取締(最初の言論抑圧)(201)

三、社寺裁判所及び民政裁判所の終始(213)
1,社寺裁判所の廃止(213)
2,民政裁判所の廃止(218)

附「東京府史提要」抄(219)

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