資料解説~ 東京にあかりを灯す ―ガス事業をめぐる攻防に稟議から迫る―
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(1)文書作成の背景―東京のガス事業をめぐる社会状況―
まずは文書の内容をその社会的背景も含めて確認しておきましょう。東京のガス事業は、江戸時代に江戸町人が積み立ててきた七分積金を元手として拡大していきました。本来、七分積金は災害や飢饉で困窮した人々を救済する目的で作られたもので、インフラ整備に用いることには議論がありました。ガス灯が西洋から入ってきた新しい設備で町人にもなじみがなく、ガス灯を望まない町人からも料金が徴収されたために不払い運動まで起きていました1。渋沢栄一をトップとして七分積金の運用を担っていた東京会議所は、このような社会的反発を一つの背景として、明治9年(1876)6月にガスを含む事業の一切を東京府に移管し、行政がガス事業を担うことになります。
こうした状況を背景に、東京府は東京会議所から引き継いだガス製造設備の拡大をめぐる問題に対応していくことになりました。東京会議所は①東京府庁がガス料金未納分と設備拡大までの料金を、ガス灯が立っている区のほか、おおよその江戸の範囲と重なる6つの大区全体からも徴収する、②収益が上がらないランプ灯、現華灯を廃止し、代わりにガス灯を増設する、③経費を抑えるためにガス製造設備を拡大した上で家内用ガスの販売を行う、もし販売が不振に陥った場合には、料金徴収方法に不満が出ない場合に限ってランプ灯が立っている地区にガス灯を増やす、という構想を持っていました2。つまり、ガスの販売を拡大して利益を上げつつ、負担の範囲も広げることで料金を引き下げようとしたわけです。社会的反発が大きかったガス灯という新事業を社会に定着させようとした東京会議所の苦肉の策だったと言えるでしょう。今回紹介する文書は、この東京会議所の提言に対する東京府の対応をめぐるものです。
(2)稟議の過程―ガス事業拡大をめぐる対立―
この文書は、①東京会議所が事業化に失敗したランプ灯、現華灯への出費をガス灯の収益で補填しようとしている、②6つの大区全体から料金を徴収するのは不条理である、③東京会議所が引き起こしたガス料金の延滞を府庁に回収させようとしている、④家内用ガスの売れ行きが不振になれば単に経費が増大するだけになる、⑤販売予定先のガス灯設置費も想像の域を出ないものがあり、「共有金」(七分積金)を支出するには不適切である、という5つの問題点を挙げ、会議所の提案に反対しています。
この文書の起案者である秋山則白は第一課の職員で、この課は会議所への対応やガス事業を担当していました3。秋山は会議所のふるまいに相当不満を持っていたらしく、会議所が「事務還納」(会議所の事業の東京府への移管)によって事業運営の責任を東京府に押し付けることで、これまで自身が生み出してきた赤字を補填しようとしているのではないかと露骨に怒りを書き連ねています。東京府の役人から見れば、行政の力を借りて町人のガス事業への反発に対処しようとする会議所の姿勢は自分勝手な行動のように見えたわけです。
次にこの文書の先頭にあるハンコの押印欄に注目してください。行政文書は通常、起案者、合議先(関係局課)、決裁権者が押印するカガミと呼ばれる部分があり、ここから行政の意思決定過程を断片的ながら確認することができます。この文書で言えば、①起案日の7月10日の直下に起案者の秋山が、②その左側の欄に合議先の第一課と第六課が、③さらにその上側の欄に決裁権者の知事・参事が押印しています。稟議のルートを整理しておくと、ハンコを押した順番は①秋山→②第一課・第六課→③知事・参事で、知事が承認している以上、本来は決裁が下りていなければならないはずです。
ところが第一課はこの文書を承認している一方、第六課は一度押印した上からバツ印をつけています。通常、東京府では決裁が下りた文書に「判決済」または「一覧済」と彫られた印判が欄外部分に押されますが、この文書にはそれがありません4。恐らく第一課と第六課が対立した結果、正式な決裁はなされなかったと考えられます。この文書に対して府知事の楠本正隆は朱書きで「精算ヲ明ニシ、分別ヲ立、新築ハ最前決議之通施行スヘキ事」と押印付きで但し書きを行いました。
この「最前決議」とは、直前の7月4日に起案されたガス設備拡大の実行に関する稟議書を指します5。つまり、ガス設備拡大を前提としつつ、再度事業計画を精査することとなったわけです。ちなみに7月4日の稟議書に楠本は押印しておらず、楠本の態度が揺れ動いていたことも確認できます。
第六課は会議所の構想に好意的で、費用負担の方法やその目的が適切で府民の同意も得られるならば、ガス製造設備の拡大に賛成するという立場でした6。第六課は財政関係の事務を管轄しており、七分積金の赤字補填の一策としてガス事業の収益に着目したのでしょう。事業失敗のリスクを考えれば反対してもおかしくないですが、直接、会議所の運営を管轄していなかったために、第一課のように会議所に対する不快感を持っていなかったのかもしれません。
(3)公文書の外側―ガス事業拡大をめぐる東京府知事の動向―
ガス製造設備拡大派の第六課・東京会議所と消極派の第一課の対立は、前者の勝利に終わりました。8月に入って設備拡大が決定されたからです。この決裁も通常の稟議と比較すると異例のものでした。この時作成されたのは8月9日起案の文書(A)と8月12日起案の文書(B)です。Aは第六課起案の文書で、どこにも合議がなされずに知事が直接押印していますが、「判決済」の印はありません。Bは秋山起案の文書で、知事・参事は押印していないものの19日付の「判決済」の印があり、知事の楠本が「第六課議案之急達方可取計」と第六課が起案した文書を回覧するよう朱書きで要求しています7。
AもBも単体では決裁の要件を満たしていないにもかかわらず、Aに「判決済」の印が押されているわけです。状況証拠ではありますが、稟議の時系列を推測すると以下の通りになります。
①8月9日:第六課がAを起案
②8月12日:秋山がBを起案し、第一課、第六課に合議
③知事の楠本がBへの押印を留保し、速やかに知事へAを送付するように指示。どこにも合議せずにAを知事に送達
④8月19日:Aに知事が押印したことで決裁が下りたこととなり、Bに「判決済」印が押され、稟議が完結
2つの文書をまたぐ異例の決裁を主導したのが知事の楠本であることは明らかです。瓦斯局長としてガス工場の拡大を要求していた渋沢栄一は、7月15日に「瓦斯之義ハ再議建白之通り御決裁被下度、ランプハ御下命之通相廃し候間、此上点灯も停止候ハゝ経費幾分を補候様相成、共有金之一分を保存する緊務と奉存候」とガス製造設備の拡大を訴える書簡を楠本に出しています8。
渋沢が稟議を通すために知事に直接談判していることが窺えます。楠本の判断にどこまで影響したのか断言はできませんが、稟議の裏側でインフォーマルな合意形成が試みられたことは間違いありません。これは公文書には現れない「政治の世界」だったと言えるでしょう。
(4)まとめ―稟議を舞台にした攻防―
このように、カガミに注目することで知事、第一課、第六課それぞれの思惑が交錯する稟議の過程を再現することが可能です。稟議制には関係局課に丁寧に合意をとることできる一方、決裁権者より下級の職員が不満のある文書への押印を故意に留保することができるため、意思決定に時間がかかるという特徴があると説明されることがあります9。ここまで見てきたハンコを武器とした鍔迫り合いには、こうした稟議制の特徴が極端に表れていたわけです。
注
1 中嶋久人『首都東京の近代化と市民社会』(吉川弘文館、2010年)、第1部第2章。
2 「東京府下瓦斯局増築の事を決議し且つ其計算を調査したる見込書を東京会議所頭取渋沢栄一より東京府へ上申 明治九年四月一四日」(東京都公文書館所蔵、請求番号607.C8.06)。
3 「明治九年六月 府庁例規」(東京都公文書館編『都史紀要四一 明治期東京府の文書管理』、東京都、2013年所収)。
4 同上。
5 「瓦斯場増築之儀瓦斯場長渋沢栄一へ東京府より下問」(東京都公文書館所蔵、請求番号607.C8.06)。
6 「会頭より衆議の上増瓦斯上申之儀に付建議 第六課」(東京都公文書館所蔵、請求番号607.C8.06)。
7 「瓦斯局へ瓦斯増築の件に付東京府より達 明治九年八月一九日」、「瓦斯増築の件に付東京会議所頭取渋沢栄一より東京府へ上申の件第六課より知事へ上申 明治九年八月二九日」(東京都公文書館所蔵、請求番号607.C8.06)。
8 1876年7月15日付楠本正隆宛渋沢栄一書簡(デジタル版『渋沢栄一伝記資料』別巻第3所収https://eiichi.shibusawa.or.jp/denkishiryo/digital/main/?cmd=read&page=DKB30702f_text&word=%E3%82%8B%E7%B7%8A%E5%8B%99%E3%81%A8%E5%A5%89%E5%AD%98%E5%80%99)。
9 辻清明『行政学概論 上巻』(東京大学出版会、1966年)、118頁。
資料情報
- 東京府文書「瓦斯場増築之儀会議所申出の件に付第一課・第六課より知事へ上陳 明治9年7月10日」『課別第1種 瓦斯局書類・器械増設・甲〈会計課〉』明治9年(請求番号:607.C8.06)
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