東京都の取組 - 外来種対策 -ノヤギ排除
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小笠原諸島のノヤギ
ヤギは小笠原諸島に19世紀初期の頃に持ち込まれたと言われています。持ち込まれたヤギは家畜として小笠原の父島、兄島、弟島、母島や母島属島の平島などで放牧されました。明治9年に小笠原諸島の日本帰属が確定した後も日本本土や八丈島などからも導入され、これまでのヤギと交雑しながら繁殖していきました。増えたヤギは聟島列島や母島属島の二子島などにも放されました。 このように各島に放されたヤギは、第二次世界大戦中には食用のため聟島列島を除いて採りつくされ激減しましたが、戦後、再び聟島列島のヤギが父島や父島属島の兄島、弟島、西島、南島、東島などに放されました。 次第に食料として利用されなくなり、野生化したヤギの数が大幅に増加し、島の生態系に大きな影響を与えるようになりました。植物が食べつくされ、土壌が踏みつけられ植生が破壊されました。森林は草地や裸地となり、一部では激しい土壌浸食が生じ、陸域のみならず海域の生態系にも大きな影響が及びました。
(昭和53年頃の媒島、写真提供:特定非営利活動法人野生動物研究所)
ノヤギ排除の経過
こうした生態系への被害を食い止めるため、東京都は平成9年度から野生化したヤギ(ノヤギ)の排除を実施してきました。
ノヤギの排除は、特に高密度にノヤギが生息し、多大な被害が確認されていた聟島列島から開始しました。平成15年までに聟島列島でのノヤギ排除を完了し、父島列島での作業を開始し、現在のヤギが生息しているのは父島のみとなりました。父島では、平成22年度から根絶に向けたノヤギ排除に取り組んでいます。
有人島である父島は、生態系保全を目的としたノヤギ排除作業のみならず、小笠原村による農業被害対策を目的とした作業も実施されています。また、環境省により東平地区において平成21年にノヤギ・ノネコ防除柵が設置されました。
※1 図中の数字は、排除頭数を表す
※2 父島では、農業被害対策等を目的として、平成22年度以前も断続的にノヤギ排除作業が
行われていたが、本図からは除外している
ノヤギ排除の方法
捕獲は、追い込み柵、くくり罠、銃器を使用して行っています。特に兄島では、柵でエリアを細分化することで効果的にノヤギが排除できることから、島の北部に分断柵を設置しました。また、食害の著しい希少植物を守るため、植物防護柵の設置なども行いました。
ノヤギ排除の成果
媒島ではノヤギを排除したことで、まず草本植物が増加しました。ノヤギが排除される以前は、草地はほとんど裸地に近い芝生状でしたが、排除後には草木の草丈や植被が増加しました。また、以前はノヤギに食べつくされていたモモタマナやタコノキ、シャリンバイなどの木本種の稚樹が、ノヤギの排除後に出現するようになりました。シマザクラやオガサワラアザミなど一部の固有種も見られるようになってきました。植生の変化は緩やかですが、ノヤギが排除されたことで、植生の回復が進むことが期待されます。
兄島ではノヤギの食害により絶滅が心配されていたウラジロコムラサキやコヘラナレンなどの希少植物の個体数が少しずつ増加しています。聟島列島では、クロアシアホウドリやカツオドリ、ミズナギドリ類などの中型~大型の海鳥類の繁殖数が顕著に増加しました。
繁殖数の推移(S62~H31)