資料解説~ 江戸の町触を読む~御用の鰻を確保せよ

名主高野家と『撰要永久録』

高野家は屋敷のあった南伝馬町のほか、通三丁目代地や南鞘町・南塗師町など複数の町名主を兼帯していました。同家は、名主役のほか、御伝馬役として幕府御用に関わる人馬の調達業務も担っていました。この『撰要永久録』は、職務の重要事項に関わる文書類をまとめて編纂した江戸の法令全書といえるものです。「御触事」79巻は町触等を編年順に集成した記録、「御用留」26巻・付録1冊は御伝馬御用に関する記録、「公用留」59巻・付録1冊は町政一般に関わる記録という、三種で構成されています。注1

今回のテキストで用いた「御触事」は、町奉行所より通達された触書について、正保5年(1648)から文久2年(1862)までのものを収録しています。幕府や町奉行所では、江戸時代を通じた町触を網羅した法令集のようなものは作成していませんでした。本資料は高野家が持っていた触留帳などを調査し、精査の上、年代順に並べており、現在でも資料的価値は高く、江戸の基本資料集である『江戸町触集成』の根幹をなす資料となっています。

触書の伝達ルート

江戸の町方に出された触書は、町方の住民の生活全般について、さまざまな制限や統制を加えるものでした。その伝達のために、千を超える町々へ洩れなく、迅速かつ効率的に行き届かせるため、ピラミッド型の伝達システムが整備されていました。基本的な経路は、町奉行所―町年寄―南北小口年番名主―年番名主―町名主という流れになります。注2

  • 町年寄:町奉行のもと江戸の町方を統括し、奈良屋(館)、樽屋(樽)、喜多村の三家が世襲で務めた。町年寄役所を拠点に、触書・指令の伝達、名主など町役人の監督、ほか様々な役務を担った。
  • 南北小口年番名主:23の名主組合を日本橋川を境に南北に分け、日本橋に近い一番組(北)、二番組・四番組(南)を小口といい、この小口の年番名主のことを指す。
  • 年番名主:町名主を23組にわけ、各組から何名かの名主を選んで、一年交替で務めさせたもの。設置の目的は、市街地の拡大や名主の増加によって町触等の伝達に不具合が生じることを警戒したためである。

この触書については、テキストの最後の一文で、深川熊井町(現江東区)名主理左衛門と赤坂裏伝馬町(現港区)名主五郎左衛門より確かに承った旨の請書が記されており、この二名から町名主へ伝達されたことがわかります。この直後に、「別件で南町奉行所へ行ったところ、仰せ渡された」という記述があることから、通常とは異なるイレギュラーなかたちで伝達されたと考えられます。

土用の鰻

土用とは、立春、立夏、立秋、立冬のそれぞれ前の日までの18日間のことです。そのなかで、夏の土用は暑中なので、丑の日に鰻を食べて精力を付けようということで、特に鰻を食べる習慣が定着しました。この土用丑の日の鰻を提案したのは、蘭学者で発明家としても著名な平賀源内とも、文化人の大田南畝ともいわれています。

一説には、「江戸前」といえば、隅田川下流域(旧名・宮戸川)で獲れた鰻のことを指したそうです。この鰻の食べ方は江戸時代に一変し、タレにつけて焼くという現代のような調理法が登場しました。これは、江戸時代中期以降、醤油や味醂といった調味料が広く製造・流通するようになったことによります。また、タレとともに香ばしく焼き上げた鰻は「大蒲焼」と呼ばれ、江戸の人びとに愛されていました。注3

天保改革の思わぬ影響

老中水野忠邦のもと断行された天保改革では、物価高騰の元凶として、業種ごとに独占的に商品流通を支配していた問屋組合(株仲間)が停止されました。

この資料では、問屋組合が停止されたことで、江戸城内で食す鰻の確保が問題となったことがわかります。江戸城への御用鰻の納入の仕組みは、江戸市中の魚問屋の内、泥鰌(ドジョウ)や鰻を江戸城へ納める請負人(御用納人)が、武蔵・常陸・安房・上総・下総の漁師から鰻や泥鰌を仕入れ、江戸城の食用に必要な分を納入し、残りを町売りするというものでした注4。しかし問屋による独占的な仕入れが停止された後は、個々の蒲焼屋が鰻屋と直接交渉し、勝手次第に買い付けるようになってしまいました。そのため、これまでのような安定的な確保が危うくなってしまったのです。

そこで、正式な規則ができるまでの間、市中の鰻屋が所持している鰻のうちから、幕府の御肴役者(所)注5へ直接納めることとしました。そして、この規則を徹底するため、町名主から管轄ごとに鰻屋商売の者へきちんと通達するよう命じたのでした。


資料の画像は、当館デジタルアーカイブでもご覧いただけます注6。今回ご紹介した資料の他にも多くの興味深い文書が綴られています。ぜひ一度ご覧ください。

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